高畑勲監督お別れ会  宮崎駿監督「俺らはあの時、精いっぱい生きたんだ」と号泣 [439232695]

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114番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイ 75a3-RYnA)2018/05/17(木) 08:16:36.15ID:6WPCn7OA0
>>17
まあこれを読むかぎり相応な仕事を振られたと思うね



――ところで岸本さんは雑誌「サイゾー」編集部にいて、その後、スタジオジブリに入社。
   その後、ジブリを退社してから脚本家になるという異色の経歴を持っています。

岸本「『サイゾー』で働いていたと言っても、僕がやっていたのは皆さんが思っているような
社会の隠された核心を突くようなことではなくて、むしろ鉄砲玉として使われていた部分が大きいんですけどね(笑)」

――鉄砲玉とは?

岸本「編集長の指令が、「とにかく取材相手を怒らせてこい」なんですよ。某映画監督を取材した時も、
興収の半分は劇中に流れた奥さんの曲のおかげじゃないですか、みたいな言い方をして、『ふざけんな!』と怒らせてそれを記事にするとか。
俺だってやりたくなかったですよ。でも、取材相手よりも編集長のほうが怖かったから(笑)」

――それがどうやったらスタジオジブリ入社につながるんですか?

岸本「ちょうど『ハウルの動く城』の公開前だったんですが、やはり編集長から突撃してこいと言われて。
ジブリ作品は『もののけ姫』しか見たことがなかったんですが、どんなところか興味もありましたし、
鈴木敏夫プロデューサーにむりやりアポを取ってスタジオジブリに行ったんです。
その時は、『あの俳優を声優で起用したのは作品のためじゃなくて、宣伝のためじゃないですか?』とかなんとか鈴木さんに言いがかりをつけると、
鈴木さんが『君は何を知っているんだ』となる。
そこで僕が『きっとみんなそう思っていますよ』とダメ押しすると、鈴木さんが『勝手なことを言うな!』。はい、いただきました、と。」

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