官僚は本当に優秀か [577316145]

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古賀茂明「統計不正で大馬鹿でも極悪人でもない厚労官僚たちがはまった罠」

<略>

この頃、官僚とはどんな人たちなのかということをよく質問される。
今回は、厚労省の統計不正問題をとおして、このことについてあらためて考えてみたい。

■官僚は本当に優秀か

官僚、とりわけ、キャリアと呼ばれる官僚たちは、一般に優秀だと言われる。
では、「優秀」と言われる根拠は何か。その9割は、一流大学卒だということだろう。

確かに、キャリア官僚は東大をはじめ、一流と言われる大学卒であることが多い。
しかし、一流大学を出た後、幹部になるまで30年以上役所で生活している。30年前に優秀だったから、今も優秀だという保証は全くない。

しかも、この場合の「優秀」というのは、「試験ができる」という意味でしかない。
つまり、官僚が「優秀」だというのは、幹部官僚について言えば、「30年も前のことだが、ペーパーテストはよくできた」という意味しかないのである。

そして、ここが問題なのだが、幹部に昇格できた理由は、「官僚として国民の役に立つか」というよりも、
「所属する役所のためにどれだけ役に立つのか」で評価されたということである。

つまり、役所から見れば、幹部官僚は優秀かもしれないが、国民から見れば、「優秀とは限らない」のである。

■官僚「性善説」、「性悪説」、そして「性弱説」

優秀かどうかはさておき、官僚は信頼できるのか、言葉を換えると、「いい人」なのだろうか。

前に述べた通り、官僚に対しては、一定の信頼が存在している。実際に官僚生活を31年送った経験で言えば、官僚の多くは「いい人」である。
友人として、あるいは隣近所の付き合いをするというレベルなら、「性善説」で接しても大丈夫だ。

一方、財務省の国有地大安売りや公文書改ざんなどを見ると、官僚は極悪人ではないかという印象を持つ人がいてもおかしくない。
よほどの悪人でなければ、あんなに手の込んだ悪事は働かないだろうと思えるからだ。
官僚は信用できない、すなわち官僚「性悪説」で考えた方が間違いないという考え方もありそうだ。

私の経験から言えば、官僚は、常に「いい人」であるわけではなく、ましてや「聖人君子」でもない。
しかし、他方において、決して信用してはいけない「極悪人」なのかと言えばそうでもないし、質の悪い「嘘つき」というわけでもない。

では、どういう人なのかというと、実は、「普通の人」だ。もちろん、これは、「性善説」か「性悪説」かという観点から見た話で、
そういう角度から見ると、「普通の人」とは、普段は信頼して付き合っても間違いのない「いい人」が多いが、
信用し過ぎると、時として裏切られて「悪人」のように思えることもある、というところだろうか。

では、官僚が「悪人」、時に「極悪人」となるのはどんなときかというと、「自分の出世」がかかるときと「役所の利権」が絡むときである。

そういう場面になると、役人はどうしても誘惑に負けて、悪い道を選んでしまう。馬鹿ではないから、悪いということはわかりながら、止められないということもあるし、
30年の役所生活で、悪いことだという観念すら麻痺してしまっていることもある。

一般の人でも、同じような傾向はあるのではないだろうか。
自分の損得がかかったり、ペナルティが大したことないという場合などに、刑法犯罪などを起こすことは稀だとしても、
社会規範や自らの倫理規範を逸脱してしまうことは誰でも経験していると思う。

同じ環境におかれたとき、ルールから逸脱せず自らを律することができるかどうかが、その人の「強さ」である。
その意味で官僚は、本来は、「強い人」でなければならないのだが、現実は、そうではなく、「普通の人」並みに「弱い」のである。

それは、ある意味当然のことかもしれない。なぜなら、各省庁が新卒採用するときに、
倫理感が強いかどうかという点を重点的に評価することはなく、そこはほとんどノーチェックであるから、
結果としては普通の人並みの集団になるということだ。

(詳細はサイトで)
https://dot.asahi.com/dot/2019020900015.html?page=1

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