
https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20190203-00113438/
100円のコーヒーカップに150円のカフェラテを注いで逮捕 コンビニ「セルフコーヒー事件」の罪と罰
コンビニのコーヒーマシンで100円のコーヒーカップに150円のカフェラテを注いだ男が窃盗容疑で逮捕されたという。ネット上などでは驚きの声も聞かれる。シンプルだが、法律問題を考えるには格好の題材だ。
【いつ思いついたか】
まず、男の意図によって成立する犯罪が変わってくるというのがポイントだ。
すなわち、このコンビニでは、コーヒー用カップが白色、カフェラテ用カップが茶色となっており、コーヒーマシンのボタンもコーヒー用が黒色、カフェラテ用が茶色に分けられていた。
もし男がレジでのオーダー時点で最初から150円のカフェラテを注ぐつもりだったのであれば、その意図を隠して100円のコーヒーをオーダーし、店員をだましたということで、詐欺罪(10年以下の懲役)が成立する。
しかし、オーダー後に初めて150円のカフェラテを注ごうと思いついたのであれば、詐欺罪ではなく、窃盗罪(10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が成立する。
すでに店員とのやり取りは終わっているし、押されたボタンの種類によって機械的に反応するコーヒーマシンを相手にしただけで、「人を欺いて財物を交付させた」とは言えないからだ。
【間違って押していたら】
一方で、間違ってカフェラテのボタンを押してしまった後、そのまま黙っておこうと決め、店員に申告せずにその場で飲んだり、店を出るなどすれば、占有離脱物横領罪(1年以下の懲役又は10万円以下の罰金)が成立する。
店員から受け取った釣り銭が多いと分かったのに黙ってそのままにしていたら詐欺罪が成立するが、コーヒーマシンだと機械が相手なので、ここでも詐欺罪には当たらない。
以上に対し、間違ってカフェラテのボタンを押してしまった後、きちんと店員に申告していれば、何の犯罪にも当たらない。刑法は過失による窃盗や詐欺を処罰していないからだ。
今回、男は詐欺罪ではなく窃盗罪で逮捕されている。捜査が始まったばかりの段階では男がいつからカフェラテを注ぐつもりだったのか不明だからだろう。
捜査の結果、店員にオーダーした時点でカフェラテを注ぐつもりだったと確定できれば、検察の処分段階で罪名が窃盗罪から詐欺罪に切り替えられるのではないか。
以上の場合分けは、レギュラーサイズの代金を支払ってラージサイズ分のコーヒーを注いだ場合も同様だ。
【被害額はいくらか】
では、窃盗罪にせよ詐欺罪にせよ、被害額はいくらになるのか。すなわち、カフェラテ代に相当する150円か、それとも男が支払った100円との差額分である50円か。
店側の実害は50円だが、犯罪の成否を考える上での被害額は別の考え方に基づいて算出される。
例えば、1万円の腕時計を100万円だと偽って販売した場合、少なくとも犯人は1万円分の物を被害者に渡しているわけだから、被害額を99万円と見ることもできる。
しかし、そもそもその腕時計が100万円ではなく1万円にすぎないと分かっていたら、被害者としては最初から取引に応じず、100万円を支払うことすらなかったはずだ。そこで、この詐欺の被害額は100万円だということになる。窃盗罪でも同様だ。
今回の事案も、被害額は50円ではなく、150円ということになる。実害が50円だったという点は、情状面で考慮される。
【処罰に値する違法性】
とは言え、その額が少ないのは確かだ。こうした事案では、有名な明治42年(1909年)の「一厘(いちりん)事件」で示された理屈が問題となる。
これは、葉たばこ農家が、栽培した葉たばこの中から約2グラム、金額にして一厘分(1円の千分の1)を当時の大蔵省専売局に納付せず、自ら喫煙し、葉たばこの規制を定めた法律に違反したとして起訴された事件だ。今だと1~数円程度だろう。
一審は違法だが軽微であるとして無罪、控訴審は有罪で罰金と判断が分かれたが、今の最高裁に当たる大審院は一審の見解に立って無罪とした。
たとえ犯罪の形式的な要件を充たし、違法であっても、その程度が零細で、特段の悪性もなければ、あえて処罰するほどのものではない、という理屈だ。「可罰的違法性」と呼ばれる。
ただ、その後の裁判や捜査状況などを見ると、少額でも立件され、起訴や有罪となっているケースは数多い。
例えば、1986年には、電話機に取り付けると特殊な信号によって無料で通話できる「マジックホン」と称する機器を試しに1回だけ使い、10円分の料金を免れたものの、怖くなってすぐに取り外した男が、偽計業務妨害罪などで罰金5万円の有罪判決を受けている。